風速3m貼雑の日々

とても私的な日々の雑記帳です。

カバネリの最終話にもやっときた人へ

 甲鉄城のカバネリ第12話(最終話)を見終えたぼくは鳥肌展開の余韻に浸りながら、誰かとこの感動を共有したい衝動に駆られていた…。

 とりあえず、どんなふうに見られていたのかを知るべく検索してみるけど、予想に反してネットに蔓延るのは批判の嵐。(なんでこの人たち最終話しか見てないかのような批判内容なんだろ…)

 なんと、ぼくが味わった感動は誰一人と言っていいほど視聴者には届いていなかったのである!

 

 あーもう寝るわ。明日検索して何もなかったらブログ更新しよ……と思っていたらやってくれました。

www.raky.net

 さすがガチ勢は違うな!

 言いたいことの3分の2を伝えて貰って非常に書きやすくなったので、ぼくも始めようと思う。

 以下、ネタバレ私的解説です!

 

 

 まず、上のネタバレ解説さん読んでください。

 テーマは「恐怖」です。「臆病者」です。

 それを踏まえた上で、最終話の解説をしつつ、この物語が何だったのかを解き明かそうと思います。

(概要的な部分は先に紹介した記事で解説して貰っているのですっ飛ばします)

 

美馬が白血漿を持ち出したのは何故か

 

 いきなり核心。

美馬「あれだけの傷を負い、まだ折れぬか。生駒」

モブ「若さま。予想以上にカバネが広がっています。万が一のためにこれを」

  ここで、美馬は「万が一のために」白血漿を手に取ります。

「命を燃やす男が俺を呼んでいるのサ」と嘯いてチョーカーしゅるるってやるのですが、ここで恐らく多くの視聴者はこう思ったはずです。

 

 首枷外して力を解放するのか?

 

 さすが恐怖心を抱かぬ男…。

 つまり、このミスリードで引っかかってしまった視聴者は白血漿の使い方を「制御できなくなる前に自分を抑えるために使うもの」として認識するはず。

 なぜなら11話でマッドサイエンティストが白血漿の効果を解説していますし、最終話でもご丁寧にこんな解説があったので、覚えているならミスリードは避けられないと思います。

 

生駒「白血漿を使えば無名は助かるんだな?」

解説「そうだ。黒血漿の効果を打ち消すことができる」

解説「だが1本では貴様か無名どちらかしか救えん。いずれにせよ急がねば心までのまれてしまうぞ」

 (こいつこの解説のためだけに最終話まで生かされたんだなぁ…)

 

 この「黒血漿の効果を打ち消すことができる」っていうワクチンとしてはこれしかないという当たり前の使用方法を覚えておいて下さい。

 

 さて、生駒vs美馬のカバネ化するかしないかの境界線で殺し合う壮絶な黒血漿バトルを想像するわけですが、実際はそのような展開にはなりません。

 

 なぜ?

 理由は簡単。美馬が臆病者だったからです。

 

 そもそも美馬は黒血漿を持ち出していない。

「臆病者」だとすれば、最初から自分に使う勇気なんてさらさらなかったと説明もできますが、重要なのは黒血漿を持ち出さなかったことよりも、白血漿「だけ」を持ち出したのは何故なのかということ。

 

 話の進行時点で、

 美馬の認識では「黒血漿を使用している者は無名だけ」だったはずですよね。

 てことは、解答は一つしかないじゃないですか。

 

 この白血漿は万が一のために無名に使用されるはずだったんですよ。

 

 美馬超いいやつじゃん!?

 でも最終話を見終わった視聴者は誰もが知っているはず。

 

 生駒vs美馬の勝負の行方を。

 

「見つけたか、臆病者を」

 

 この言葉は美馬が生駒に言ったものだけど、美馬が自分自身に言ったものでもある。

 言葉の直前に、美馬が黒血漿で強くなった生駒に怯える演出が入っているはずです。

 そして以前にもあの美馬が冷や汗をかいているシーンがあったと思うのですが、それは9話のこと。

 黒血漿化したホロビの刃が鼻先スレスレまで届いたあのシーン。

 あのシーンでギリギリ刃が止まった理由も最終話で明らかになったわけですし、そしてギリギリまで美馬が黒血漿化したカバネリに恐怖していたことがわかったわけですが、対生駒では最後の最後で自分が「臆病者」であることがばれてしまったという展開に。

 

 ここまで読めば、美馬が白血漿を持ち出した理由もはっきりしますよね。

 使用対象は黒血漿化した相手ですが、それは相手を助けるためではない。あくまでも「万が一」があったときに自分を助けるもの。

 つまり、

 

 血漿化した無名に襲われたときに、無名を鎮静化して自分を守るためです。

 

 しかし、実際には想定外の使われ方をしました。

 美馬は生駒の黒血漿の力を恐れた。

 このままでは殺されてしまうと思った。

 だから生駒に白血漿を撃って無力化したんですよ。

 

 美馬は良い奴でも一貫しないクソキャラでもありません。

 

 最初からずっと、臆病者だっただけなんです。

 白血漿を撃った生駒に「戦ってみせろ!生駒ー!」なんて言ったのは、生駒が戦って乗り越えなければいけない恐怖の対象だったからか、あるいは恐怖に負けて撃ってしまった自分自身を認めたくなかったのか。

 とにかく黒血漿化してない生駒相手なら、美馬が負けるわけありませんから。

 

 というわけで、

 白血漿を撃ったのは美馬ではない。やったのは……恐怖だ。

 

 まさかワクチンを敵の無力化に使う展開があろうとは……!

 

 神脚本でした。

 

美馬は何をしたかったの?

 

 何でこの人カバネばらまくの?融合群体作ったのはなぜ?

 

 散々作中で言われていたとおり、「強い者が生き残り弱い者が死ぬ世界」を作りたかったからです。

 美馬はカバネに恐怖しないから生き残ることができるのです。

 

 恐怖を感じなくなってしまった(と美馬は思っているに違いない)瞬間は、父親に襲われた時。

 恐怖によって恐怖を感じない心が産まれました。

 

 だから美馬は人類美馬化計画を思いつきました!

 

 カバネを根絶するのは無理だが、カバネを恐れなくなればカバネに反応されなくなる。

 だから自分と同じような人間しかいない世界を作ればいい。

 その過程で弱い者は死んでいくのです。

 これが美馬の根底にある信念でした。

 

 ……以上は、大義名分なのです。

 

 本当は、美馬は「恐怖」というものが何かを知りたかったのではないでしょうか。

 

 父親が抱いた「恐怖」とは何か。

 父親が息子である自分を殺そうとしてしまうような「恐怖」とは、いったい何なのか。

 それは同時に父親を知ることでもある。

 

 見事なまでにファザコンストーリーじゃないか! 

 

 彼は恐怖を知るために、人々が恐怖するカバネと戦い、自らの命を危険に曝し続けた。

 カバネに恐怖しない彼は、さらに恐ろしい対象として「融合群体」を生み出した。

 その融合群体……ホロビですら、美馬を殺すことはできなかった。

 

 こうして美馬は恐怖を乗り越え知ることができました。

 

 ホロビを乗り越えた後に父親を殺しに行くという展開は、美馬の感情の動きを正しく表しています。

 やろうと思えばいつでも殺せたはずの父親ですが、あのタイミングで殺しに行ったのは、恐怖を知った後だからではないでしょうか。

 

 11話で殺すときに言い放った言葉「俺ではない。やるのは……恐怖だ」。

 と言いつつまったく恐怖したように見えないのは、子どもの頃に父親に抱いた「恐怖」の清算。

 

 美馬は臆病者なので乗り越えるために殺しちゃう子なんです。

 

 壮大な計画の裏には、美馬のルサンチマンに溢れた行動原理と共にこんなドラマがあったんですね。

 

最後に

 

 今季のカバネリは美馬物語でした。

 美馬が恐怖を知って死んでいくまでをきれいに描ききった物語でした。

 

 散々振り回されまくった生駒たちを見ていると、とっちらかった筋書きにも見えてしまうわけですが、それでもきれいにまとまったと感じている人が多かったのは、美馬だけが知る美馬の物語が完結したことを頭の隅っこでわかってるからだと思っています。

 

 

 ふう。

 朝ご飯も食べずにこんな時間まで書き続けるのは疲れたよ……。

 言い訳ですが後半になるにつれパワーダウンしている感の否めない解説は、書き手のぼくが疲れてしまったからです。

 

 まとめると、朝ご飯は大事です。

 

 お腹いっぱいお米を食べることは大事なことなのです!

 だって、人間だからね!

 

 以上、ぼく個人の意見でした。

 11話以前すっかり忘れちゃったかのように批判しまくる人たちが多かったので、それを見てうーんと思っているカバネリファンに届けばいいなって。